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釧路地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号 判決

網走市北六条西七丁目六番地

原告

網走観光株式会社

右代表者代表取締役

野田明

右訴訟代理人弁護士

山本隼雄

大井相石

網走市南六条東五丁目九番地

被告

網走税務署長

若林正夫

右指定代理人

菅原崇

本間勝弘

竹田博輔

細川博毅

秋田谷忠之

漆崎量

溝田幸一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五六年七月九日付けでした原告の昭和五二事業年度の法人税について重加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し昭和五三年三月二五日、昭和五二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下、昭和五二事業年度という。)の法人所得の確定申告として欠損金額を一二万一三〇円と申告したところ、被告は昭和五六年七月九日原告の昭和五二事業年度の所得金額を七四一万二、〇一〇円、納付すべき税額を二一二万四、八〇〇円に更正する旨の処分及び重加算税七四万三、四〇〇円を賦課する旨の決定を行った。

2  原告は右の処分のうち重加算税の賦課決定に対し昭和五六年九月一〇日被告に異議を申し立てたところ、被告は同年一二月七日付けで右申立てを棄却する旨の決定をした。

3  原告は昭和五七年一月八日国税不服審判所長に審査請求を行ったが、同所長は同年一二月三日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同月二三日原告に通知された。

4  本件重加算税賦課決定は、原告において課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装した事実がなく、単に不注意による計上漏れがあったに過ぎないにもかかわらずなされた点で違法である。

よって原者は被告に対し本件重加算税賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実はすべて認める。

2  同4は争う。

三  抗弁及び被告の主張

1  原告の昭和五二事業年度の法人税の課税標準は七四一万二、〇一〇円であり、その税額は二一二万四、八〇〇円である。

2  しかして、右の課税標準たる法人所得は次のように算出したものである。

(一) 資産の譲渡益計上もれ 一、八七六万五、一四五円

原告は、旅館及び造園を業とする株式会社であるが、昭和五二年一月一〇日、原告の代表取締役である野田明(以下、野田という。)に対し原告が所有していた建物、建物付属設備、什器備品、車両運搬具(以下、本件建物等という。)を売買代金八、五〇〇万円で譲渡しているが、右建物等の帳簿価額は六、六二三万四、八五五円であるから、資産譲渡に件う譲渡益は差引き一、八七六万五、一四五円である。

(二) 賃借料差額分 四八〇万円

原告は本件建物等を野田に譲渡した日の昭和五二年一月一〇日に、野田から同日以降、譲渡物件を年間六〇〇万円で賃借する契約をしているところ、原告の確定申告では一二〇万円の賃借料の支払を計上するのみで、差額四八〇万円については支払が計上されていなかったので、所得金額から減算した。

(三) 繰越欠損金の当期損金算入額 六四三万三、〇〇五円

原告は、青色申告を承認された法人であるから、法人税法五七条の規定によって次の事業年度において生じた欠損金の合計額六四三万三、〇〇五円を所得金額から減算した。

(イ) 昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度

一七七万一、五四七円

(ロ) 昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度

八五万二、一五九円

(ハ) 昭和五一年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度

三八〇万九、二九九円

(四) 昭和五二事業年度欠損金額 一二万〇、一三〇円

(五) 差引き所得金額

(一)-(二)-(三)-(四) 七四一万二、〇一〇円

3  重加算賦課決定は、次のとおりである。

(一) 原告は、前記2(一)記載の譲渡益金を全く申告しなかったものであり、課税標準の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装し、これに基づき法定申告期限後に確定申告書を提出した。

(二) 右(一)の仮装、隠ぺい行為に基づき重加算税額を国税通則法六八条二項の規定により計算すると、七四万三、四〇〇円となる。

4  ところで加算税は、申告義務及び納税納付義務の違反に対して特別の経済的負担を課すことによって、それらの義務の履行の確保を図り、ひいてはこれらの制度の定着を促進しようとする制度である。そして、加算税のうち重加算税は、加算税を課すべき納税義務違反が課税要件事実を「隠ぺい又は仮装」する方法によって行われた場合に、行政手続により違反者に課せられるもので、これによってかかる方法による納税義務違反の発生を防止し、もって徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置であり、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨、性質を異にする行政秩序罪としての性格を有するものであるから、「隠ぺい又は仮装の行為」は客観的に行為の形式又は外形を満たせば成立するものであり、被告に納税義務者の故意の立証を要求しているものではないと解すべきである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1、2の事実及び同3のうち、譲渡益を申告しなかったことは認めるが、その余の事実及び同(二)の事実をいずれも否認する。

2  重加算税賦課の要件である事実の仮装、隠ぺいと、その仮装隠ぺいしたところに基づいて申告するということは、納税者が真実は申告すべき所得が存在することを知りながら、仮装、隠ぺいした事実に基づき、真実の所得額より過少の申告を行なうということである。しかるに、原告においては故意に課税事実の隠ぺい、仮装を図ったことは全くないのである。すなわち、原告は株式会社といっても完全な同族会社であり、その経営体制は全く完備しておらず、代表者である野田も会社経営には素人で、税務知識もほとんどない状態であったため、不動産売却の税務処理については北見税務署の税務相談において指導を受け、その指導内容に沿った処理をするため、野田が加盟していた農民同盟から紹介か受けた行政書士の嵯峨井にその処理一切を委ねていたところ、昭和五二事業年度分の法人税の確定申告も同人によってなされたが、野田においては嵯峨井に対して特段の指示を与えたこともないのである。

したがって、確定申告において譲渡所得が除かれていたのは単なる不注意又は過誤に基づく計上漏れに過ぎないのであって、重加算税を原告に賦課するのは違法である。

第三証拠

当事者双方の提出した証拠は、本件記録の書証及び証人等各目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び抗弁のうち原告が昭和五二年一月一〇日野田に対し本件建物等を売却したところ、これによって一、八七六万五、一四五円の譲渡益が生じたこと、しかし、これについて原告が全く申告をしていなかったことについて当事者間に争いがない。

この点に関し、原告は、原告には事実を隠ぺいして過少な申告を行なうという意思はなく、従って重加算税賦課の要件はない旨の主張をするので、この点につき検討する。

成立に争いのない乙第一号証、同第九、一〇号証、同第二五号証の一、原本の存在及びその成立につき争いのない乙第八号証、同第一一、一二号証、同第一七号証の三、四、同第二五号証の二、七、一二及び一八の各1、2、同第二五号証の三ないし六、同号証の八ないし一一、同号証の一三ないし一七、同号証の一九ないし二六、その成立についてはその方式及び趣旨により公務員である大蔵事務官、国税副審査官あるいは国税審査官が職務上作成したものと認められるから真正の公文書と推定すべき乙第一四、一五号証、更に原本の存在についても争いがない同第一七号証の一、同第一八号証、同第二八、二九号証、証人嵯峨井の証言により成立の認められる乙第一三号証の一、同第一六号証、同第一七号証の二(但し、原本の存在については争いがない)、証人嵯峨井、同増田、同坂野弘の各証言、原告会社代表者野田の尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)によれば原告は「あすなろ」という名称の旅館を営み、野田が昭和四六年にその代表者に就任していたが、昭和五〇年ころから宿泊客数の減少によって、赤字経営が続いていたこと、累積する原告の債務は野田が銀行から融資を受けて返済していたが、担保に供した土地について競売申立てがなされるまでになったので、野田は右債務の返済資金捻出のために同人所有の土地の売却を決意し、昭和五一年四月二八日、株式会社フヂサワに対し、網走市駒場南八丁目八八番二の土地四万四、三一〇平方メートルを代金九、八三一万五、〇〇〇円で売却したこと、そして、野田は右売却による譲渡所得に課税されるのを避けるため、特定の事業用資産の買換えの場合の課税の特例(租税特別措置法三七条一項、以下、買換えの特例という。)の適用を受けることを意図して同法所定の「買換資産」を購入することを決めるとともに、農民同盟の坂野弘(以下、坂野という。)を通じて以前から面識のあった行政書士の嵯峨井隆雄(以下、嵯峨井という。)の紹介を受け、昭和五一年二月二四日同人に対し、右「買換資産」に関係する原告の昭和五一年事業年度の確定申告書の作成を依頼したこと、被告から青色申告の承認を受けていたにもかかわらず、原告には備え付けられた会計帳簿がなかうたので、嵯峨井は原告の宿泊、売上げのレジ・レシートと預金通帳から損益計算書を作成し、賃借対照表のうちの固定資産については前年度の確定申告書に記載されているとおり記入し、昭和五一事業年度の欠損金を四三〇万二、一五九円とする確定申告書を作成し、これを同年二月二八日ころ野田に示してその了承を得たうえで被告に提出したこと、さらに野田は同年三月六日に嵯峨井に対し、前記土地の「買換資産」として野田が取得することにした本件建物等につき、その資産の内容を個々具体的に評価して記載した一覧表である固定資産調書(乙第一七号証の四)を作成するよう依頼したこと、そこで嵯峨井は「あすなろ」に赴き、資産の内容について調査したところ、什器備品類については全部についての取得価格が一括して記載されているだけなので、野田の立会いを求めて、一品毎に取得した価額を確認し、その単価を合計する作業を行った結果、什器備品の価額の合計が計算上一、九八三万三、四二八円となり、帳簿に記載されていた取得価額一、五〇三万七、三六八円との間にかなりの差額が生じることが明らかになったこと、また、その作業の過程で既に提出していた確定申告書には、造園工事の計上漏れ、支払利息の重復記入、あるいは固定資産のうち、車両運搬具が四台あったにもかかわらず一台しか記載されていなかったこと等が判明したので、嵯峨井は昭和五二年三月九日被告に修正申告書を提出したが、その際野田にその修正の内容について口頭で説明していること、本件建物等の売却価格を八、五〇〇万円としたのは、買換えの特例について詳しい坂野と野田と嵯峨井の三名が同月一二日、右の固定資産評価の結果と累積している原告の債務額を検討して、ほぼ妥当と思われる金額として決めたものであること、嵯峨井は、同月二七日、右協議に基づき売買の対象物と物件ごとに代金額を明らかにした「野田明と網走観光(株)売買内訳」と題する書面(乙第一七号証の三)を作成したこと、ところが野田が同月一三日、嵯峨井に電話で前記土地売却代金約九、八〇〇万円と本件建物等の買受け代金八、五〇〇万円との差額約一、三〇〇万円を、更に「買換資産」として購入する運送用車両の支払に充てたいので適当な人を探して欲しい旨頼んだことから、嵯峨井は心当たりの関係者に連絡をとったが適当な車両の所有者が見つからなかったので、野田に対し、嵯峨井が取締役でもある道東環境整備興発株式会社(以下、道東興発という。)の車両を「買換資産」にすることを提案したこと、野田は右提案に応じて同一三日の夜に嵯峨井と共に道東興発の代表者である笹谷庄一郎(以下、笹谷という。)を訪ね、その際嵯峨井が笹谷に、「野田が土地を売却したが、その代りに車両を購入すれば税金を払わなくて済むので、書類上道東興発の車両を野田に売ったことにしたい。ついては網走信用組合から同社が三〇〇万円ないし五〇〇万円借りることができるよう野田が口添えすることを条件にするので了承して欲しい」旨懇請したこと、笹谷は当初消極的であったが、道東興発は資金的に苦しい時期であり、野田が網走信用組合に道東興発への融資を働きかけることを約束したので、笹谷は右約束と引換えに仮装の車両売買を行うことに同意し、道東興発所有の車両四台を野田に売渡す旨の同月一日付け自動車売買契約公正証書と右車両のうち三台を道東興発が野田から賃借する旨の同年四月一一日付け自動車賃貸借契約公正証書を作成したこと、しかして、野田は同月四日、右売買代金の支払を仮装するために網走信用組合に道東興発名義で額面三一〇万円のもの二口、二〇〇万円のもの一口、四八〇万円のもの一口の合計一、三〇〇万円の一年定期預金をしたが、右四口の預金証書を実際に所持していたのは野田であり、右定期預金は昭和五五年五月二一日までにすべて解約されて、原告、野田、あるいは野田の家族の名義の預金に変更されていること、嵯峨井は、昭和五二年三月二七日、前記の固定資産調書(乙第一七号証の四)及び売買内訳書(同号証の三)を野田に渡す際、同人に対し、本件建物等の売却価額八、五〇〇万円と原価にあたる帳簿価格約六、六〇〇万円との差額約一、八〇〇万円が原告の譲渡益となるので課税対象となる旨指摘したところ、野田は嵯峨井に対し、原告会社には繰越欠損金が五〇〇万円程もあって、前年度も約四〇〇万円の赤字を出していて、その上原告から野田に対し本件建物の賃借料六〇〇万円を支払わなくてはならないので、原告に利益はないので課税の心配はない旨答えたこと、野田は昭和五三年三月一〇日坂野を通じて紹介された増田に昭和五二事業年度の原告の決算書及び確定申告書の作成を依頼したが、その際野田において増田に、昭和五一事業年度の確定申告書、修正申告書の各控、小切手帳の耳、通帳、領収書、売上げのメモ等を提示したが、嵯峨井が作成した前記固定資産調書(乙第一七号証の四)及び売買内訳書(同号証の三)は提示しなかったこと、増田は野田に対し、昭和五一事業年度の貸借対照表に原告の資産として計上されていた本件建物等が昭和五二事業年度には計上されていない理由について質したところ、野田は、原告は借金が多くて苦しいので野田に本件建物等を売却し、原告は野田から本件建物を賃借して使用することにした旨答えたが、右売却金額あるいは賃料については具体的な説明をしなかったこと、そこで増田は野田に対し、固定資産を売却すると、原価である帳簿価額との差額が固定資産売却損益として発生すること、賃借料の設定についてきちんとしておかなければ後日税務調査で問題になること等を指摘したが、野田は増田に対し、「わかっている。それらは野田個人でやるから原告の決算においては考えなくてもよい」旨返答し、さらに原告と野田との間で売却代金は精算済みである旨説明したので、増田は右資産の売却代金等を確定申告書中の貸借対照表に記載しなかったこと、野田は昭和五三年三月二五日に、増田が作成した昭和五二事業年度の確定申告書に押印し、被告に提出したこと、以上の事実が認められる。右認定に反し原告代表者野田の尋問及び乙第二四号証記載の原告代表者の供述中には、嵯峨井が野田に対し、本件建物等の売却代金八、五〇〇万円と帳簿価格六、六〇〇万円との差額が課税の対象となることを指摘したことは一切なかったので、野田から嵯峨井に対し原告会社への課税は心配ないと言ったこともない旨の、「買換資産」の購入を野田に勧めたのは嵯峨井であり、野田から申出たのではない旨の、道東興発と野田との間で締結された車両の売買及び賃貸借契約は真実の契約であって、仮装ではない旨の、増田が野田に対し固定資産を売却すれば当然帳簿価格との差額が売却益になる旨説明したことは全くない旨の、各供述部分があるが、いずれも前記各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右確定を左右するに足りる証拠はない。

二  右認定事実によれば、原告と被告との間に昭和五二事業年度の法人所得税額の確定をめぐって紛議が生じたのは原告の代表取締役である野田において、同人が個人として所有する土地を売却して得た譲渡所得についてなされる課税を軽減するために、本件建物等を原告から野田が個人として買受けることによって、買換えの特例の適用を受けようとしたことにあったこと明らかであり、そのこと自体は格別咎められることではないが、野田はそのために第三者である道東興発と通謀して仮装の契約書を作成しているのであって、これは原告の主張に反して野田が税務知識を相当有していたことを窺わせるものである。のみならず、原告の確定申告書等の作成を依頼した嵯峨井、あるいは増田から、本件建物等の売却代金額と原価の帳簿価額との差額が譲渡益になる旨の指摘を受けていたのであるから、野田が本件建物等について原告に譲渡益が生じることを了知していたことが明らかである。それにもかかわらず、譲渡益を申告しなかったのは、野田において、赤字経営が続いていた原告についてはことさらに右譲渡益を申告する必要がないものと判断したことによるものと推認するのが相当であるが、これは動機に過ぎず、譲渡益が生じていることを認識しながらこれを申告しないのは国税通則法六八条二項の課税標準等の基礎となるべき事実を隠ぺいしたことに該当するというべきである。

そうすると、重加算税額は右譲渡益一、八七六万五、一四五円から、賃借料四八〇万円及び原告の繰越欠損金の昭和五二事業年度分六四三万三、〇〇五円及び原告の昭和五二事業年度の欠損金額一二万一三〇円を控除した所得金額七四一万二、〇一〇円に対する法人税額二一二万四、八〇〇円から国税通則法一一八条三項により八〇〇円を切り捨てた二一二万四、〇〇〇円に一〇〇分の三五の割合を乗じて計算した金額である七四万三、四〇〇円となるから被告の本件重加算税賦課決定は適法である。

三  よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生野考司 裁判長裁判官畔桝正義、裁判官杉本正樹は、転補につきそれぞれ署名押印することができない。裁判官 生野考司)

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